[ 風のまち ] 福永武彦
そして今日も
時をへた通りのひだを吹きぬけて
風はいそがしい輪廻の旅を続けてゐた
たそがれの冬の光は
氷雨によやうにこぼれ落ち
北の空 南の空
遠い山なみに雪があった
旅びとはひたすらに町を歩きながら
ひびきあふ心の風にも吹かれてゐた
いつまでも夜の小枝を吹いて行く木枯に
いくとせの記憶を呼びさますさびしい悔は残ってゐた
町はやがてつき
遠く燃えそめた旗のやうに
雲は地平にちぎれてゐた
いつの日にかまたこの町に來るだらうと
ふりかへる心はかへらないひとへの想ひにも
また似てゐた
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駆け抜けた風が 今年もつめたさを運んできた
あの晩夏にキンモクセイのたおやかな香りを
運んできたばかりなのに
もう急いで急いで 冬を追いかけている
しあわせな会話を思い出させ
吹きすさぶような辛い想い出も振り返り
また自分が向かう場所へ 風のまちへ
風は旅を続ける
一緒に旅していれば寂しい思いをすることは無いのに
行く末を見守りながら 今日また思いを馳せる夜

[3回]
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