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本気で仕事をしていれば、涙のひとつやふたつ流れるだろう
仕事で泣ける人は、きっと幸福
そういえばそんな中吊り広告があったのを思い出した。眼が腫れている。
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「うるさい。あんたに何がわかるんだ!」
「見てないのにその言い方はなんだ!証拠はあるんか?」
ここに書けないような言葉を、何度も吐き捨てられた。
以前の自分であれば、真っ向から胸倉を掴み、有無を言わせず踏み倒して罵倒していただろう。
そして、こういっただろう。
「誰に対して言っとるんだ!」
その答えは「人間」なのだ。
この数年間の教員生活で知らないうちに植えつけられていた、「教師のプライド」。それは、この現場に来て脆くも崩れ去った。
だが、それを悲観しない。そもそもそのプライドは正しかったのか?
賛否は分かれるだろう。
教員として、毅然とした態度をとるべきだ。悪いことは悪いと示さなければならない。
生徒も一人の人格である。尊重するべきで、否定するような言葉は慎まなければならない。
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彼は、とにかくお笑いが好きで、歌がすきで、しゃべることが好きだった。
登校してくるとすぐに自分のところへ駆け寄り、
「先生、昨日はどんなTV見ましたか?」
と、必ず自分へ尋ねた。しかも、美術で創ったこんなお面をつけながら問うのだ(笑)そして、大事そうにお面をつけて帰っていく。
しかし当初、それは騒音以外の何ものでもなく、自分は否定し続けた。
クラスメイトを否定する、いじめる様子も見られたし、とにかく授業中の私語や、動作一つ一つに無駄が見られた。
「うるさい!今は何をする時間だ!」
「もっと考えて行動しろ!」
言葉の端々に、威厳を示そうとする自分の姿勢が見られた。恥ずべき言動だったかもしれない。
だが知らない間に、youtubeの動画サイトで、お笑いを検索する自分がいた。
知らない間に、彼の言うTV番組はチェックするようになった。
「昨日寝ちゃって、見逃してさー」と掛け合いもした。
なぜだか知らないが、涙が止まらなかった。
卒業式の退場、彼も泣いていた。
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「 情緒障がい短期治療施設 」
たしかに自分はそこにいる。 常識が常識ではない生徒が存在する。
感情を抑えきれずに、獣のように牙をむき出しこっちへ向かう子ども。
失神は日常茶飯事、薬で我をおさえながら、まわりの空気は読めず、悪口は平気でまかり通る毎日。
教師の愛情だけではどうにも埋められない、親からの愛情。
ぽっかり穴のあいた、子どもたちのその「こころの鋳型」は、きっと一生自分は埋めきれないだろう。
はっきり言う。埋めるつもりはない。
ただ、
彼らの生きていく道のすぐ側に、笑顔で毎日そっと立っていたいと思う。
痛かったであろう、親から振り落とされたあの拳は、決して正義ではないと説きたい。
365日の中で、たった一日だけ非道に走り、罪名がついた事実を共に受け止め暮らしたい。
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「●●君がいると、静かな教室が明るく楽しくなります。どんな時も友だちを笑顔にする、君にはそんな力があります。これから先、困難な壁が立ちはだかるかもしれません。それらから逃げずに、自分の夢を切り拓いていってください。卒業おめでとう。」
すっと所見の書けた通知表を渡し、彼は気が付くともういなかった。見たいTVがあったんだろうな。
初めて経験する1人の卒業式。
それは40人学級となんら変わりない、屈託のない中学生の旅立ち。
これからの君の人生が光に満ち溢れていますように。
身体には気を付けて。
~未来のお笑い芸人へ
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