最近は、差し迫った体育大会の練習に追われている。
特に、担任の生徒は能動的に物事を進めることが著しく苦手なため、こちらが気持ちを巻き込んでいかなければならない。体力勝負だ。
残暑厳しいが、子どもたちのランニングに付き合っている。
もちろん走るのが得意な子ではないが、重い腰をあげて、運動音痴の自分と仕方なくやっているのだ。
今日は本校まで、片道1,5kmの往復。
彼の種目は1500m走。できるだけ止まらずにペースを保ち続けることが目標だ。
汗を吹き出しながら、帰ってくる復路のこと。
「はい、気をつけてくださいねー」
との声。通りがかり、新装開店した美容院から聞こえる。
よく見るとその声は、前任校の生徒だった。違反が懐かしい髪も伸ばし、ピアスもあけて、「今風」の容貌で働いていたのである。
あまりにとっさの出来事だったが、自分はうれしくなり「おー○○、元気か!?」と声をかけた。
すると、「あ、先生!何でここにおんの?」と返す。ちょっと眠たそうな声は健在だ。
その後に、彼は、
「ちょっとまってね、先生」
と続ける。出口で80くらいのおばあちゃんの見送りをしている最中だったのだ。
自分はしまったと思った。彼は自分と同じように仕事中であり、足の悪いおばあちゃんのケアをしている最中、自分のせいで手を止められていたのだ。
「気をつけてね、おばあちゃん、段差ありますから」
「あぁ、ありがとね、若いのに。こちらの方は誰なの?」
「この人、俺の中学校時代の音楽の先生です!」
「あら?この方、このお店の方じゃなかったの?(笑)」
などと、多少ちんぷんかんぷんな会話ではあったが、彼はしっかりとおばあちゃんとの話に華を咲かせ、対応していた。
最後までお客様を見送り、こっちを向く。「何で先生おるのー?」と。
あとは、一緒に少し話をしたと思うが、彼の仕事の邪魔はできないと改めて思い、その場を失礼した。自分の中で、「ちょっとまってね、先生」の言葉が輪廻していた。
すっかり一緒に走っていた生徒を忘れていた。彼もまた立ち止まり、自分たちの会話を聞いていたのだが、興味があったのか、「あのイケメンは何歳なの?」とか「いつの教え子なの?」などと、教え子が教え子に興味を持っている姿にまた不思議な気持ちになった。
「俺もああやって美容院で働きたいなぁ。」
すばらしいことだと思った。
汗をかいて走った甲斐があったというものだ。
何気ない生活の最中、ふと心の中をすうっと風が通ることがある。
中学校生活はたった3年間、彼らの何を知ることができるだろう。知ってきただろう。
こうやってはたらき、世界と関わろうとする姿を目の当たりにし、夕陽は一層まぶしく見える。
「先生、走ってくれてありがとね。」
と帰っていく彼。子どものうしろ姿を見ながら、また明日もがんばれると思う自分。

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